ある日の夜、渋谷円山町での仕事を終えて、疲れた足を引きずりながら『百軒店商店街』を抜けて行く。渋谷には仕事と古本屋以外では、もはや足を踏み入れなくなった。そんな街の道を歩いていると、商店街入口の前に道玄坂が現れる。いつもはすぐに左へ曲がってしまうのだが、この時はお腹がすいているせいか、向かいにあるはずのうどん屋を探し、正面を見据えていた。すると、道路の対岸に闇のように暗い廃墟…あれ?なんでだ?あの看板建築群は『マークシティ』の建設とともに取り壊されたはず……え〜っ!?残ってる!まだ残ってる!焦りながら左右を確認し、道路を飛鳥のように横断。三階部分にマンサール屋根が連続する、古めかしい看板建築群。往時の面影を充分に残しているが、壁面にはブルーシート、建物上階には剥落防止のグリーンネット、そしてシャッターは汚れまくっている。お店が次々と撤退したのは2000年前後。勝手に消滅していたものと記憶を捏造していたが、よもや現存しているとはっ!それならば何か残っているはずだ!と左から四軒目の店頭にダッシュ。ここは、現在は池ノ上に移転した「文紀堂書店」(2008/09/02参照)があった場所なのだ。な、何か痕跡は?まずは上階を見てみると、スクラッチタイルの壁面や窓ガラスには何も残っていない。右側に看板を取り外した跡がある。青とオレンジのだんだら日除けにも無し。シャッターにも無し。軒の看板を見ると、無残にも白い塗料で塗り潰されている…が、あった!右端に!そこには塗り残された『買入』と電話番号の一部。そして青い『全古書連加盟店』のシール!お店の名はないが、ここが確かに古本屋さんであったことを証明してくれる、小さな薄い遺跡である。あぁ、果たしていつまでこの姿を留めていてくれるのだろうか…。この喧しい渋谷の街に、残っていたエアポケット(今まで気付かなかった私がいけないのだが)。出来ればこのままひっそりと佇んでいて欲しいものである。なお、この看板建築群の現役時の雄姿は、三省堂選書「看板建築/藤森照信」の見開き写真で確認可能。もちろん古本がぎっしりと並んだ「文紀堂」も、バッチリ写り込んでいる。2010年03月02日
3/2古本屋遺跡・繁華街の盲点
ある日の夜、渋谷円山町での仕事を終えて、疲れた足を引きずりながら『百軒店商店街』を抜けて行く。渋谷には仕事と古本屋以外では、もはや足を踏み入れなくなった。そんな街の道を歩いていると、商店街入口の前に道玄坂が現れる。いつもはすぐに左へ曲がってしまうのだが、この時はお腹がすいているせいか、向かいにあるはずのうどん屋を探し、正面を見据えていた。すると、道路の対岸に闇のように暗い廃墟…あれ?なんでだ?あの看板建築群は『マークシティ』の建設とともに取り壊されたはず……え〜っ!?残ってる!まだ残ってる!焦りながら左右を確認し、道路を飛鳥のように横断。三階部分にマンサール屋根が連続する、古めかしい看板建築群。往時の面影を充分に残しているが、壁面にはブルーシート、建物上階には剥落防止のグリーンネット、そしてシャッターは汚れまくっている。お店が次々と撤退したのは2000年前後。勝手に消滅していたものと記憶を捏造していたが、よもや現存しているとはっ!それならば何か残っているはずだ!と左から四軒目の店頭にダッシュ。ここは、現在は池ノ上に移転した「文紀堂書店」(2008/09/02参照)があった場所なのだ。な、何か痕跡は?まずは上階を見てみると、スクラッチタイルの壁面や窓ガラスには何も残っていない。右側に看板を取り外した跡がある。青とオレンジのだんだら日除けにも無し。シャッターにも無し。軒の看板を見ると、無残にも白い塗料で塗り潰されている…が、あった!右端に!そこには塗り残された『買入』と電話番号の一部。そして青い『全古書連加盟店』のシール!お店の名はないが、ここが確かに古本屋さんであったことを証明してくれる、小さな薄い遺跡である。あぁ、果たしていつまでこの姿を留めていてくれるのだろうか…。この喧しい渋谷の街に、残っていたエアポケット(今まで気付かなかった私がいけないのだが)。出来ればこのままひっそりと佇んでいて欲しいものである。なお、この看板建築群の現役時の雄姿は、三省堂選書「看板建築/藤森照信」の見開き写真で確認可能。もちろん古本がぎっしりと並んだ「文紀堂」も、バッチリ写り込んでいる。この記事へのコメント
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