名古屋駅から地下鉄・東山線に乗り込んで、最終的には地上に露出する終点まで三十分。改札を抜けると、駅の近くにビルが建て込んだ、小さな郊外の街。すぐさま東の大通りに抜け、『藤が丘駅東交差点』からまだ花の咲かない桜並木を100mも南下すれば、すぐに『照が丘交差点』があり、その手前左側に変わった名を保つ古本屋さんを発見出来る。『千代の介』…何だってこんな名に…まさか本名と言うわけでもあるまいに…いかん、やっぱり東千代之介しか思い当たらない…。そんな風に葛藤しながら、小さなお店の入口を探す。あっ、右側の側壁手前側が、ガラス戸の入口になっていた。狭いアプローチに身体を滑り込ませ、ドアをスライドさせて中へ…うわっ!何だこのお店?全然小さくない…と言うか、恐ろしいほど奥行きがあって、整然とした本棚で造られた通路が、ちょっと薄暗く十五メートルは延び続けている!そして遥か彼方に大きな帳場があり、ハットを被った老店主がピョコンと顔を覗かせた…と、遠い。個人店としては、チャンピオンクラスな遠さだ。そして通路は左隣にも、同型同寸のものが潜んでいる気配。ドキドキしながら、壁のような棚を必死に見続けて行く。右壁は新書と講談社学術文庫から始まり、たっぷりの日本文学…作家五十音順にある程度セレクトされているにも関わらず、どこまでもどこまで続いて行く…。下の平台には歴史時代小説が背を見せて並び続ける。奥の帳場近くでは、日本近代文学評論が固まっている。ここまで来て、すでに一店分の本を見た気分に陥りながら、さらに入口側に引き返して通路棚にへばりつく。新書・選書、そして細やかに日本純文学を網羅した文庫棚…充実している。やがて途中から日本文学随筆&エッセイに変わり、さらに歴史・江戸と変化し、最後は箱入本を中心にした日本近代文学〜70年代文学となる。ここで、帳場で読書中の店主に最接近したところで、「何かお探しですか?」と声を掛けられる。「いえ、特に何かと言うわけではないんですが…棚が凄いのでじっくり見させてもらっています」「そうですか、ゆっくり楽しんで行ってください。いくらでも眺めていて構いませんよ。夕方までいてもらっても構いませんよ」とニッカリ。…いや、モタモタしていたら、本当に夕方になってしまいそうだ。ピッチを上げて、左側の通路へ。判ってはいたが、同様に長い。こちらは帳場側から見て行って、まずは通路棚に箱入日本近代文学〜70年代文学続き・再び文学系随筆&エッセイ・海外文学文庫・日本古典文学・岩波文庫が並ぶ。壁棚は美術・本・古本・書誌学・海外文学・古代史・芸人&役者・映画・詩歌句・思想・みすず書房・東洋文庫・水上勉&安岡章太郎&山田風太郎&吉行淳之介文庫が並ぶ。左右の通路とも、頭上に渡り棚が何本も架けられ、特別な作家・美術・全集・事件・風俗・パリ・芭蕉などの本が置かれている。あぁっ!お店に入っていつの間にか、一時間半が経過してしまっている!恐るべき日本文学通路店だ!微に入り細に入りまくった棚に目を通して行くのは、まるでマラソンのよう。ただただ圧倒されるばかりである。値段は普通。本の背にすっかり陶酔&疲労しながら、選んだ本を手にして帳場へ。レジ台はキッチンのようなステンレス台である。精算しながら店主は「あなたは、何か造ってる人なの?」「え?い、いえ、特には…」「そう?陶芸でもやってるのかと思ったけど。ウハハ」…後ろで結んだ髪を見て、推理したのだな。残念ながら、ハズレです。潮文社「文壇の展望/十返肇」角川文庫「修験峡殺人事件/水上勉」春陽文庫「かみなり先生青春帳/鳴山草平」を購入。
この後は、隣駅にあるお店をツアーするつもりだったのだが、千代の介であまりにも時間を食い過ぎた!予定を一部すっ飛ばして、勝手の判らぬ地下鉄をどうにか乗り継ぎ、久々の川名へ。ただ単純に古本屋さんを楽しむために「百萬文庫」(2011/04/16参照)を急襲する。文庫ばかりの店内で、楽しいレッツ・ハンティング!二十分後、八冊を手にして、帳場の和製ダニー・デビート風店主に差し出すと、「ほぉ、良くまぁ色々見付けて来たものですね。…あっ、これは!やられた!値段を間違えてるな。おめでとうございます」と矢継ぎ早なリアクションを見せてくれる。「戯曲 真田風雲録」を掲げ「これですよ、これ!」と残念そうな顔。と言うわけで、角川文庫「戯曲 真田風雲録/福田善之」中公文庫「コンスタンチノープル/橘外男」春陽文庫「死人に口なし/城昌幸」「上方武士道/司馬遼太郎」岩波文庫「暢気眼鏡・虫のいろいろ/尾崎一雄」ハヤカワ文庫「鼠と竜のゲーム/コード・ウェイナー・スミス」創元推理文庫「恐怖の限界/W・P・マッギヴァーン」を計1750円で購入する。「今日は当たりですよ」の声に送られ、ついついニヤついて表へ出る。

