サッシ扉を開けて中に滑り込むと、意外なことに数人のお客さんが店内通路を行き来しているではないか!…このお店にはちょくちょく寄らせてもらっているが、こんな賑やかな光景は初めて見るぞ。他のお客の邪魔にならぬよう、譲り合い気をつかい合い、主に右側通路で発掘作業を進める。講談社文庫「シャーロック・ホームズの冒険/コナン・ドイル 鮎川信夫訳」創元推理文庫「ポオ小説全集4/エドガー・アラン・ポオ」こども世界第五巻第六号附録こども世界文庫(5)「りゃく画と工作の本」(昭和二十五年刊の全32ページA5サイズ小冊子。そのすべてがチープでプリティ)を計300円で購入する。
そんな300円で得られた小さな幸福を胸に抱えて、交差点を東北に曲がり込んだ時、何度も通っている道なのだが、今初めて心と記憶に引っ掛かるものが、前のめりの足をピタッと止める。振り返ると、交差点際にひっそりと建つ、古い三階建てのビルが目に留まる。今まで何気なく見過ごしていただけの建物である。営業感や生活感は遥か昔に遠退いた雰囲気で、タイル張りの壁には剥落防止のネットが掛けられている…私はこの建物に、いったい何を感じたというのだろうか。元は店舗らしいのだが…と気にかけながら、引き込まれるように横道に入り込み、建物の側面も観察していく…するとあぁっ!陶製の小さな表札らしきものが奥の壁に埋め込まれているのだが、そこに書かれた名に『岩森亀一』とあるではないか!ということは、荻窪「岩森書店」(2008/08/23参照)創業者のお兄さんであり、「三茶書房」(2010/10/26参照)の創業者!つまりここは、三軒茶屋時代の「三茶書房」ということになるのか。その表札だけに、かろうじて痕跡が残っているのだが、まさか元店舗が現存しているとは…。突然の奇妙な出会いに興奮しながら、しばらくお店のシャッター前に佇み、勝手に当時のお店の様子を夢想する。遅過ぎる出会いであったが、今日始めてこの偉大な古本屋遺跡に気付けたことを、ただただ嬉しく思ってしまう。

