2018年07月30日

7/30幻の“乱歩”ゲーム

早朝から原稿書きに集中。途中、午前十一時半の「ささま書店」(2008/08/23参照)詣では滞り無く行い、学研「ムー特別編集 世界ミステリー人物大事典」主婦と生活社「赤毛のアンの手作り日記 パッチワークからクッキーまで」を計216円で購入して家に舞い戻り、再び原稿に集中する。夕方前に形を成し、ホッと一息ついていると、床の上の本の山の間でホコリ塗れになっていた、もはや年代物のゲーム機・スーパーファミコンが偶然目に留まった。挿さりっ放しのソフトは、ゲーム制作会社ヘクトの「イーハトーヴォ物語」(1993年製作)である。イーハートヴォ各地を舞台にした宮沢賢治の童話世界を、失われた七冊の賢治の手帳を求めて彷徨う、RPGゲームである。だがRPGとは言っても戦闘は皆無で(殴られることはある)、ほぼ聞き込み&調査&お使いをしまくるアドベンチャー寄りのゲームと言える。スーファミなので乏しい16BITの表現力の世界なのだが、そんな環境に負けじとグラフィックも音楽も物語も大奮闘しており、プレイしている間はしっかりと宮沢賢治の世界に浸れ、尚且つその世界に疑似侵入出来る、賢治狂いの私にとっては、一生手放せぬだろう名作ソフトなのである。発売当時、よく遺族がゲーム化を許可したなと思ったのを覚えているが、その後花巻の『宮沢賢治記念館』を訪れたら、ロビーにこのソフトが挿さったスーファミがプレイ出来る状態で展示されており、感動のあまり真剣にプレイし始め、時間を忘れて第一章をクリアしてしまったこともあった。

そしてまだゲーム攻略本やゲーム雑誌を作る仕事をしていたその昔に、発売前にヘクトの方が宣伝のため、開発ROMを当時勤めていた編集プロダクションに持参してくれ、プレイしたこともあった。その時には『こんな売れなさそうなゲームを作って、この会社は大丈夫なのだろうか?』と内心失礼なことを思いながら、口ではゲームを絶賛し続け(いや、私的には本当に素晴らしいゲームだったのだ)、「これ、文学シリーズみたいにして、出し続けましょうよ。芥川龍之介とか萩原朔太郎とか(この二人のゲームも本当に面白そう!)」などと調子づいて、夢のような個人的提案を持ちかけた。するとヘクトの方は「実そう思っているんです」と答えたので「ほ、ほ、本当ですか。じゃあ次作は何をっ?」と畳み掛けるように聞き返すと、耳を疑うような驚くべき答えが返って来たのである。「江戸川乱歩をやろうかと企画しています」…えぇ〜〜〜〜〜〜〜〜っ!「それやりましょう、ぜひやりましょう!絶対やりましょう!『二銭銅貨』とか『盲獣』とか『白昼夢』とか『踊る一寸法師』とか『パノラマ島奇談』とか『二十面相』とかで!」と大喜びで大賛成したのだが、結局何年経ってもそんな乱歩の物語世界を彷徨う変態的RPGが販売されることはなかったのである…やはり「イーハトーヴォ物語」の売り上げが、芳しくなかったんだろうな…ある意味画期的だがオルタナティブなソフトだったからな…。もう宮沢賢治のゲームが存在すると言うだけで、充分満足しなければいけないのだが、それでも今でも時々、ブラウン管のモニター内に、16BITでどうにか表現される幻の乱歩の小説世界を渇望して、哀れに嘆息する己が存在するのである…。よし、久々に「イーハトーヴォ物語」をプレイしてみるか…面白くて、あっという間に二時間強が経過する。イカン、『貝の火』『カイロ団長』『虔十公園林』『土神と狐』と、第四章まで夢中になってしまったじゃないか。次章の『グスコーブドリの伝記』をプレイしたら、恐らく目に涙が溜まってしまう。ここで止めておこう…。
ihatovo.jpg
起動中のスーファミと、背後の画面は『羅須地人協会』一階である。
posted by tokusan at 19:02| Comment(0) | 追記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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