しばらくは全員その作業に没頭しながら、およそ一時間半が経過する。あっという間に台所にはキレイにカラーボックスが積み上がり、日下氏が早速棚造りに取りかかり始める。部屋の奥から本を運び出し、氏の脇にそれをガシガシ積み上げて行く…「ワハハハハ、黒猫だ。本に塗り込められた!黒猫だ!」とテンション高めの日下氏。よほど本棚に本を並べる作業が楽しいらしい。「うおっ!」「これは!」「そう来たか!」「漫画みたいだ」「ダブってる!」「これもダブってる!」「これ持ってたんだ!」「十年ぶりに見た!」「ここにあったのか!」と、とにかく楽しそうである。
それにしても、なんとダブり本の多いことか。いや、ダブり本どころか、トリプり本とか、クアドり本まで出現する始末なので、もう開いた口が塞がらない。そのため途中から、全員がレア本の発見よりダブり本の発見の方に注意を向けてしまうのが、何とも言えずおかしかった。
そんな風に日下氏がキャピキャピしている間にも、私は本の移動に全霊を傾け、小野氏は部屋奥の未開拓ゾーンを掘り起こし始めている。その行動力がパワフル過ぎるのだが、実はダブり本が見つかれば見つかるほど盛林堂が買い取れる確率が上がるので、驚くほど必死なのである。まさに商売人の鑑と言えよう。そんな中、あぁ!大河内常平の「夜に罪あり」が!
見たこともない推理小説「暗い年輪/藤本明男」を見つけると「それはハードボイルドですよ」などと即座に日下氏が教えてくれる。教師の犯罪を描いているのに、ハードボイルド!?と激しく興味を掻き立てられたりしていると、たちまち下村明の「風花島殺人事件」などが出て来て、勉強になり過ぎて卒倒しそうになる…恐ろしい家だ、ここは…。
そんなこんなで、午後一時過ぎには、ミステリー古書カロリーの高過ぎる棚が完成。見ているだけで鼻血が出そうになってしまう…あぁこれが古本屋さんだったら…。
ここで一旦休憩となり、町に出て美味しいお寿司で英気を養った後、さらにミッションを進行すべく近所のDIY屋さんでカラーボックスを新たに十二本購入し、午後は部屋奥の壁一面をボックスで埋める作業に邁進することにする。またも小野氏が、もはや大工のように棚を組み上げまくって行く…その工作速度は、どんどん上昇しているようだ…。組み上げるや否や、それをソロソロと本の山を崩さぬよう担ぎ上げて運び、窓際に設置。と同時に、日下氏が単行本山の仕分けと棚造りを行って行く。私はコマネズミのように狭い通路を行ったり来たりして、二人の作業をフォローして行く。段々と体力を全員が消耗しながら、午後六時過ぎには作業が一段落。小野氏は、一日で計十八本のカラーボックスを組み立るとともに、十年間手つかずだった単行本山の整理を行った。日下氏は、およそ千冊以上の本を仕分け選別し、理想の棚造りを進めるとともに、およそ三百冊の不要本と計四十冊のダブり本を捻出した。本当に一日お疲れさまでした。最後に表から、またもソロソロと苦労して、とある場所に預けてあった、都筑道夫本箱を人足のように五箱運び込む。それもすぐさま棚に並べて行ったのだが、途中で本日最大の驚きが飛び出して来た。「ほら、これ見て下さい。スゴいのが出て来ましたよ」と日下氏。小野氏が受け取るや否や「うわぁ、何これ、ヤバい」、私が慌てて「何ですか何ですか」と近寄ると、手渡されたのは!都筑道夫の最初の単行本、若潮社の「魔海風雲録」であった!ぎょえ〜い、初めて見た!し、し、し、しかも献呈署名が入っている!何という恐ろしく素晴らしいものが飛び出して来たのか!あぁ、今日来て、激しく働いて本当に良かった。まさか生きている間に、この本が見られるなんて…。
思わず「魔海風雲録」を、完成した素晴らしい棚とともに記念撮影!本もスゴいが、棚もスゴい!これはまるで、書庫じゃないか!まともな、書庫じゃないか!
日下氏に作業のお礼にと「ダブり本で欲しいのがあったら差し上げますよ」と言われたので大いに悩んでいると、小野氏が買取分から偕成社 世界探偵名作シリーズ7「OSS117の秘密/ブリューズ」講談社「随筆 猫/松本慶子」を分けてくれた。わぁい!と喜んでいると、日下氏が「それだけじゃ物足りないでしょ。まだいいですよ」と嬉しいことを言ってくれたので、玄関の棚にあった神月堂「悪魔の山 復刻版/高木彬光」を「ダブってるんですね。ダブってるんならいいですよ」と念押しされるがいただくことにする。ありがとうございます!
すべての作業を終え、不要本を箱詰めして積み込んで、夜の街へ。焼肉をガツガツと食らって、本日の労働の成果を三人で褒めちぎり合う。そして、今年中に後一回は整理作業をしましょうと言うことになる。最後に、盛林堂号に積み込んだ不要本八箱を、突然降り出した豪雨のために屋根のある駐車場に入り、日下氏の車へとムリヤリ移動させる…傍から見ていると、何だか怪しい取引に見えなくもない。
でも取引しているのはただの古本である。日下氏は、愛車のサスペンションをより一層沈め、テールランプを赤く光らせながら、雨の中を走り去って行くのであった。(つづく)

