およそ四十畳強はあろうかという、何処かの道場のような空間に、壁際には本棚がぐるりビシッと据え付けられ、フロアには数え切れぬ背中合わせの本棚が立ち、壁際&中央に横断通路を設けた、十一本の通路が縦に並んでいるのだ。
ふぉぉぉぉぉぉぉっ!もはや完全な図書館である!棚に並ぶのは、少年青年少女コミック・ラノベ・ティーンズ文庫・ボードゲーム・パソコンゲーム・レーザーディスク・切り抜き漫画資料・映画関連など。全員がその数と質に圧倒されつつ、各所に散らばる。すぐにあちこちから「おぉっ!」「あぁっ!」「すげぇ〜!」などと声が上がるが、もはや巨大迷路に紛れ込んでいる状態なので、誰が何処にいるか判然としなくなってしまう。だが細谷氏は、その声の上がった方に巧みに接近し、手にしたものや棚に並ぶ本について懇切丁寧な解説を施すのである。切り抜き漫画を見ていると、「これ見て下さい。三岸せいこの単行本未収録作品です」と数冊の切り抜きを取り出す…幻の漫画家の!と驚愕するが、こんなことをしていたら、いつまでも二階には上がれない。漫画も楽しく素敵だが、我々はやはり大衆文学を目指して来たのだ!と後ろ髪引かれまくりながら、全員二階へ。二階も一階と同じ広さで、構造もほぼ同じになっている。うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!スゴイスゴイ!日本の大衆文学が、戦前から現代までドッサリだぁ!橘外男ゾーンには「双面の舞姫」や「怪猫屋敷」や「亡霊怪猫屋敷」もしっかりと混ざっている。おっ、楠田匡介「人肉の詩集」!大河内常平!ひえっ、水谷準の「薔薇と蜃気楼」が帯付きだ!永瀬三吾「鉄火娘参上」なんて聞いたこともない!などと騒いでいると、前に来たこのある小野氏が「小山さんはこっちがいいんじゃない」と右奥の薄暗い時代小説ゾーンに導いてくれた。げぇっ!愛しの九鬼紫郎!時代物ばかりだが、こんなに九鬼紫郎が並ぶ光景は、乱歩邸でしか見たことがない!
あぁ、なんだ、この「怪剣鉄仮面」とか「旗本無法街」って…などと、興奮留まることを知らず…。それにしても、有名無名含め、大衆文学作家を何となく時代小説を核にしてまとめているのが(コミカライズ作品までも満遍なく!)、すこぶる見ていて楽しいのだ。これはちょっと明らかに他に見かけぬ視点&蒐集の仕方なので、細谷氏に対する畏敬の念が、ムクムクと湧き上がって来てしまう。細谷氏曰く「本は本棚に並べるもの。美しさと威圧感がそこに生まれる」「俺は安物買いだから」「本は一年五千冊ペースで増えている」「ある時から、本は処分しないと決めたんだ!」などの名言が次々とあちらこちらで炸裂する。それにしても、南條範夫で棚一本、菊地秀行で棚一本、とかは絶対に見られない稀少な景色だな…。「あぁ、北原さん、来て下さい来て下さい」「な、なんですか?」「こ、これ、博文館探偵傑作叢書の「魔の犬」を百円で買ってますよ!」「うわぁ、やめてくれぇ〜」。おぉ、その横の壁棚を見ると、横溝正史棚も時代物中心で芯を通しまくっている!
別部屋の少女漫画雑誌棚群も花園のように美しいが、その奥には古い「週刊漫画TIMES」で棚が一本作られている!
などなどと、とにかく驚愕の連続なのである。そしてその驚愕に対して、色々と細谷氏が本を手に入れた経緯や内容について解説を加えてくれるのだが、基本的にほとんどの本をしっかりと読んでいるのが恐ろしい。そして内容の賛否については「まぁ面白くないんだけど!」と毒を吐きまくるのがほとんど。そこで「じゃあ細谷さんが面白いって思う作家は誰ですか?」と聞いてみると「そりゃあ風太郎だよ」と即答する。そこで左奥の山田風太郎コーナーに向かうと、好き過ぎて高校時代に風太郎の自宅に押し掛け書いてもらった色紙や、献呈署名入りの数々の著作を見せびらかされ、気絶しそうになる。
さらに怪し気なエロマンガ雑誌を取り出し、「これに風太郎の『夜よりほかに聴くものもなし』のコミカライズが載ってるんだよ。全部集めたいんだけど、まだ二冊しか見つかってないんだ」…恐る恐る手に取ると、谷口ジロー風の絵で、ちょっとシュールに描かれている…。などと時間の概念をすっ飛ばし、本棚にひたすら没頭してしまうが、それでもお仕事はしなければならない。そこで小野氏と廊下に泣く泣く脱出し、棚一本半分のダブり本を棚から取り出し、結束&運搬作業に取りかかる。その間に田中すけきよ氏は借りる本をダンボール二箱にまとめ、北原氏も目的の雑誌をほぼ自力で発見した後に、細谷氏のマンツーマン解説を書庫で受け続ける。気付けば外は雨が降り始めている。本を濡らさぬように、素早く玄関から本を運び出す。無事に作業を終えた後、最後に名残惜しく書庫内を一回りし、最後の最後に衝撃の九鬼棚を眼底にジリジリと焼き付ける。いつか、いつの日か、手に入れたいものだ。ここでしっかりと見ておけば、何処かで引っかかることもあるだろう!全員棚の虜になりながらも、無事にそれぞれのミッションを完遂したので、図々しくも再訪を約束し、午後五時過ぎに細谷邸を後にする。その後は往きのルートを逆にたどって行くのだが、同じ車に乗っている性故、すけきよ氏が現在懸命に探しているある文庫を手に入れるためのブックオフ巡りに、強制的に北原氏とともに参加させられる。何も買わないつもりだったのだが、一店目の「鴻巣吹上店」の単行本200円棚で、集英社「明智小五郎回顧談/平山雄一」を見付けたので購入。「何買ったの?」と聞いて来た小野氏と北原氏に見せると「200円ならそりゃ買うわ!」と同じことを言われる。結局西荻窪に帰り着いたのは午後八時半。これにて盛林堂・イレギュラーズの二日目が、無事に終了。


そして、「そりゃあ風太郎だよ」の即答で思わずニンマリ。彼、高校生の時に「風ちゃん」とか「フータリアン」と呼ばれていたのです。その高校生だった細谷くんが、これだけの書庫のある家を建てたんだから、本当に立派だよねえ。凄い!