やがて開店作業に取りかかった御大にも挨拶。先年の大地震で、土地が少し隆起し、シャッターが開き難くなったことや、店内後部の和本ゾーンは、昔の店舗を柱や梁をそのままに移築したことなどを教えられる。さらには若旦那の案内で、めったに見られぬ店奥の中庭に入れてもらい、柿の木を見上げた後、庭奥の昔から残る家屋など見せていただく。
玄関に掛かる大昔のぼんぼり風看板が印象的であった…というか、これ、欲しい!
お世話になったお店を離れた後は、まずは岡崎氏のリクエストで、小泉八雲旧居を見に行く。手製の詳細な説明パネルが迫り来る日本家屋を堪能。中でも『熊本善意銀行』から寄贈された、数種類の八雲全集を並べた古い本棚が素敵であった。
午前十時二十六分、水道町から可愛い一つ目の路面電車・熊本電鉄に乗り込み、ガタガタチンチン熊本駅まで揺られる。分厚い木板の床が無性に懐かしい。
午前十時五十分、熊本駅着。ここから岡崎氏がアグレッシブに活動し始め、熊本港から出ている島原行きのフェリーと連動している無料バスの席を、予約もしていないのにどうにか確保。駅構内の「ふく泉」で美味しい丸天うどんを啜ってから、そのバスに乗り込み熊本港へ向かう。市街を離れると、農地がただただ広がるだだっ広い南の大地である。三十分ほど走り、港に到着。バスの中でフェリー到着を待機し、長いスロープを上がり、三階ほどの高さから『九商フェリー』に乗船する。このフェリーは最上階の客席以下が車両の格納スペースになっており、遥かにそちらの方が利用客が多かった。午後十二時二十五分に出港。海の男たちのテキパキした正確で危険な出港作業を感心して眺めていると、古いフェリーは、どんよしりした粘土色の海に白く泡立つ軌跡を描いて、ズンズン進み始める。離れ始め、やがて霞んで行く熊本。フェリーには常に可愛過ぎるカモメたちが並走し、近距離で滑空しながらエサを強請り続けている。
一時間ほどの航海で、島原港着。雲仙の山々が猛々しく聳え、その足元に町が広がる奇観に、しばし圧倒される。だが港町に人影は少なく、侘しく寂れている。二人で顔を見合わせ「スゴい所に遥々来たなぁ〜」と旅情を盛大に感じ取る。近くには案内版も何もないので、勘を頼りに島原鉄道の島原港駅まで歩いて移動する。踏切の向こうに現れたのはさらに鄙びた感を加速させる、単線ディーゼルカーの終着駅であった。
ここから十分ほど鉄道に乗車し、島原駅で下車。待望の古本屋さん探しに取りかかる。駅舎は屋根の両側にしゃちほこも備える、本格的なお城スタイルである。その屋根の下を離れ、折り悪く雨が降り始めたここも寂しい町を行き、まずは「吉四六」というお店を目指す。だが、当該住所には、お店など影も形も見えなかった…。念のため島原城沿いも探索してみるが、猫がたくさん棲みつく古民家を見つけたくらいで、成果ナシ…。雨が酷いので一旦駅へ引き返し、もうひとつのちょっと駅から離れたお店「月光堂」に岡崎氏が電話を入れる、もし営業していれば、レンタサイクルを借り、駆け付けようと言う算段であった。だがお店は現在はネット中心で、本も見せられないということで、けんもほろろに断られてしまう。あぁ、これにて島原古本屋さん探索、あえなく終了…しばし駅横の瓦屋根の重厚な自転車置場を眺め、無聊を慰める。
だが今は、ここで挫けている訳にはいかないのだ。今日の宿泊地は博多近辺なので、夜までには電車を乗り継ぎ、そこまで移動しなければならない。というわけで、早々に午後三時十四分の島原鉄道に乗り、博多へと向かうことにする。岡崎氏が手に入れた、ちょっと旅費が安くなる『二人きっぷ』を握り締め、有明海と古く鄙びた土地が連続する車窓を眺め、まずは終点の諫早へ。
午後四時二十分に到着した諫早は、さっきまで居た寂し気な島原と比べると、恐ろしいほどの大都会である。ここでJRの特急かもめ30号に乗り換えつつ、一瞬だけ野呂邦暢の故郷に足を踏み入れたことに小さく感動する。自由席に席を確保し、ここから博多駅まで猛スピードで一直線。少しだけ「ゆがめられた昨日」の続きを13ページ読む。主人公の黒人探偵『トゥセント』は、地味な尾行をこなし、慣れない業界人パーティーに激しく戸惑っている…。午後六時十五分、博多駅着。乗物に乗っているだけで、すっかり疲れてしまった。だが宿は、中心街から離れた、井尻という駅近くにとっているのだ。夜の博多は、東京並みの帰宅ラッシュを見せている、人波を掻き分け掻き分け、慣れない電車を必死に乗り継ぎ、午後六時半に井尻駅着…乗物に乗りまくった一日であった…しかも古本屋さんには行けず終い…。そして大きな道路沿いにに探し当てた宿泊場所は、ワンルームマンションをありのままにホテルとしている、恐ろしく場末感が充満した建物であった。…こ、ここまでとは…ここを予約したのは私なので、岡崎氏に恐縮することしきり。だが氏は優しく「いや、こんあところに泊れるのは貴重やで。面白いなぁ〜」と面白がってくれた…うぅ、すいません。受付には誰もいなかったが、やがておば様が車で駆け付け、一階のワンルームフロントで受付を済ませる。その際おば様は、近所の激安食べ物屋を何軒も何軒も紹介してくれた…ホテルの説明そっちのけで…。階段を上がってお互いの部屋に向かい、住居そのままの古い鉄扉を開ける。なんだか、逃亡犯が身を隠すような宿なのである。旅情とは別の侘しさが、胸の内に込み上げて来る。荷物を整理してから、氏と近くの中華屋に晩ご飯を食べに行き、陽気過ぎる台湾娘の接客を受ける。黒チャーハンと生ビール。料理は美味であった。ホテルに引き返し、しばし岡崎氏とテレビを見ながら部屋飲みする。
深夜、車の音、何故か定期的にユサっと揺れる建物…寝ながらも侘しさを深めて行く…。


島原の吉四六さんですが、残念ながら2019年の2月に訪問した際に「(2019年)4月頃で閉店する」ということをおっしゃっていましたので、おそらくお訪ねされた時の半年ほど前に閉められたのだと思います。島原から古本屋の灯がほぼ消えてしまい残念ではありますが、全国の他の古本屋さんのお話、これからも楽しみに拝見させていただきます。いろいろ世間が混乱している状況ですので、どうぞご自愛ください。