2023年06月11日

6/11不思議な依頼人、素敵な日曜日。

雨模様の日曜日なので、外出するのは億劫だが、高円寺の即売会くらいは見に行こうか。そんな風にだらしなく考えているところへ、ブログに不思議なコメントが届く。未知の方から、近日中に実家を取り壊し始めるのだが、様々な本がたくさん残っており、これをそのまま捨てるのは偲びない。だがどうすれば良いかわからないので途方に暮れている。是非一度見に来てくれないか。という相談なのであった。すでに何軒かの古本屋さんが入っているということなので、その残りの本の処遇に窮しているのだろう。その家がある場所はわりと近所で、幸い雨も上がったことだし、奇特にも依頼を聞き入れ訪問することにする。ちなみにこちらは古本屋さんではないので、本の買取は出来ない旨と、本を見て相談に乗ることしか出来ない旨は、伝達済みである。トボトボテクテク歩いて、とある住宅街に分け入る。教えられた住所に該当したお家は、わりと大きく縦長なフォルムの二世帯住宅である。さて、どちらのドアに訪問したら良いものか…と思案していると、右側のドアがタイミング良く開き荷物を持った男性が姿を現わした。「あのすみません、こちら◯◯さんでよろしいでしょうか?」と問いかけると「そうです」と返って来るや否や、緩やかなスロープ状になったガレージから、ご婦人が「ようこそ。わざわざすみません」と現れた。この方が不思議な依頼人である。「さぁこちらです。どうぞどうぞ」と早速ガレージの奥の半地下物置に招き入れられる。横長で、左側は写真の暗室設備が様々な物品で雑然と埋まっており、右側1/3に“コ”の字型に丈夫な棚が設置され、正面の壁際はキャンバスを並べた絵画ゾーンとなっているが、右壁と手前壁が本ゾーンとなっている。だが棚は想像通り、すでに良書はあらかた捌けており、残っているのは美術雑誌や大判の美術全集・帙入りの蔵品目録・超大判画集・図録類・湿気を含んだ文庫本などがほとんどである。手元に残しておきたいものはすでに運び出しており、買取を依頼した古本屋さんには『お好きなものをどうぞ』的にお願いいたそうである。なので残っているのはそのほとんどが、古本屋さんに引き取ってもらっても、もったいないが廃棄処分になるようなものばかりである。だが依頼人は、残った本にも楽しさや美しさや思い入れがあり、どうしたら次の必要とする人に手渡せるか、悩んでいるのである。だがまぁ必要なものは運び出しているのなら(もちろん本だけではない。しかもそれを運び込んでいる倉庫が、もはや満杯に近いそうである)、こういうのは涙を飲んで、もはや廃棄した方が良いことを告げる。「そうねぇ、どこかで線引きはしなとねぇ…」。その上で残ったものを色々見て行くと、本以外の紙物で、だいぶ面白いものが残っている。この物置の物品の持ち主は依頼人の叔父さんで、某印刷会社付きのデザイナーだったそうである。古いカレンダーやポスター、また製版のアルミ板、写真、印刷&紙資料などなどは、ある方面ではまだまだ需要がありそうなものなので、確かにこれらを一気に廃棄するのはもったいない気がする。それに何が入っているかわからない袋もたくさん…聞けば依頼人は、このような本や紙物を売るお店を、漠然とだがいつかは開きたいという野望をお持ちのようだ。この残った廃棄の瀬戸際の物たちを見れば、確保してある物や本が、なかなか上質であることは容易に想像出来る。出来ればいずれはそれらも見せていただきたいし、返す返すも思うには、古本屋さんが入る前の棚が見てみたかった……(ちなみに私のことは、大量の本の行方に悩んでいる時に、古本について調べていたら、自然と岡崎武志氏や私のブログに行き着き、知ったとのことである)。こんな風に、宣言通りにほとんどお役に立てない次第だったのだが、あちこち色々お話ししながら検分していると、依頼人は「もう見ていただいただけで、去年亡くなった叔父も喜んでるはずです」と言っていただく。ありがたいことである。そんな風にあっという間に一時間が経つ頃、すっかり古本屋さんの手の入った図録類が並ぶ棚を見ていると、薄手の赤い本が二冊残されているのを発見する。あっ!両方とも瀧口修造の戦前本、アトリエ社の西洋美術文庫じゃないか!と手にしてみると、特殊な衝撃が背中を奔る!二冊とも署名入りなのである。「ダリ」は“著者”での献呈署名入り「ミロ」は何と瀧口修造直筆の星の絵が描かれており、『1940,3,27日「娯廊」にて 写真造型研究会水曜の日』と添え書きされている。「こ、これスゴいですよ。二冊とも署名入りですよ」と依頼人に伝えると「わっ、瀧口修造のサイン!こんなの残ってたの。すごいわぁ」と喜んでくれた。そして「これ、私たちが持っているんじゃなくて、価値の分かる方に持っていて欲しいわ。見つけてくれて叔父も喜んでると思うので、こちら差し上げますよ」と、畏れ多くも素晴らしい申し出が。というわけで二冊を拝受し、有り難く押し頂く。これは、受け継がれた者として、大事にいたします。あぁ、なんて素敵な日曜日だ。不思議な依頼人の不思議なお誘いに乗って、デザイナーさんの物置を訪ねることになり、瀧口修造の署名本をいただいてしまった。運命というものは、人間の想像を超えた素敵な展開を、時たま見せてくれるものである……。
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posted by tokusan at 18:04| Comment(2) | TrackBack(0) | 東京 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
奇縁ですね。高橋克彦の「奇縁」はゾワゾワゾワとなる話だったけど。
Posted by ヘイスティングス at 2023年06月12日 20:31
こんな嬉しい奇縁だったら、いつでもどこでも大歓迎ですよね。
Posted by 古ツア at 2023年06月14日 09:04
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