すでに昨日のことである。午前七時、およそ一ヶ月ぶりの日下三蔵氏邸の書庫整理に向かうのだが、実は今まで長年お世話になった、ステーションワゴンタイプの盛林堂号に乗車するのは、これが最後。もうすぐ新車がようやく納車されることになったので、「次回向かうときは、厳つい黒いSUVのハイブリッド車だよ」と「盛林堂書房」(2012/01/06参照)小野氏が宣うのだ。

多少の感傷的な気分を乗せ、神奈川県某所に向けて、旧・盛林堂号は健気にひた走る。午前九時半に現場に到着し、出迎えてくれた日下氏と挨拶を交わす。本日の作業は、まずは本邸一階奥の納戸に積み上がる、雑誌・同人誌・コミックスを搬出し、車に積み込む。そして空いたスペースに、裏の物置からこれまた雑誌類をピストン輸送し、それらもマンション書庫に移動させる、というところからスタート。まずは日下氏が選別したものを次々玄関に運び出し、プールした後に車に積み込んで行く。

だがこれが、選別を先頭にするとなかなかスムーズに作業が進行せぬのが世の常である。主に部屋入口から玄関へ、そして車への部分を担当する私には、なかなか出番が回って来ない。そこで手持ち無沙汰にしているのを見兼ねた日下氏が、書き上げプリントアウトした原稿の校正をお願いして来た。もはや何をしに来ているのかわからぬ状態であるが、快く承知し、白い紙の上の黒い文字に目を走らせる。ちなみに原稿は「本の雑誌」に連載中の『断捨離血風録』であるが、この連載のタイトルはいつも小説や映画などのタイトルにもじられている。今回のタイトルは『木々対宇陀児の決闘』…「なんだかわかりますか?」と詰め寄る日下氏。ちなみに私はすぐにわかったので、日下氏は「よし、やった!やっぱり伝わるんだ。いいぞ!」と大興奮。…いや、恐らく九割五分の人がわからないと思いますよ…。

そんなことをしながら作業は進み、新たに仕事場に入ったベッドを観賞したり(完全に本棚に囲まれてますな…)、

香山滋の稀覯仙花紙本「恐怖の不時着」が新たにダブりになったことや(パラフィンの掛かっている既蔵書は、奥付がコピーで補完されておりイタミもあるので、今回完本を新たに購入。それにしてもスゲェ!)、

洗面台の下に大量の漫画切り抜きが隠匿されているのを目撃したりして、納戸の本は搬出に成功。

続いて物置の本の運び出しに突入する。日下氏がまずは本に手をかけ、マンションに運ぶものと、取り置きするものと、そのまま物置内に残すものを洗濯し、それを私が受け取り室内に運び入れ、小野氏が積み上げるフォーメーションで作業を進めて行く。だがあらかた雑誌を出したところで、雨と風が強さを増して来た。

上には一階と二階の庇があるとは言え、水に弱い本にとっては非常に危うい状況である。ひとまず雑誌を運び出したところで作業を中断し、本を満載した車のまま昼食に向かい、その後マンション書庫に直行して本を下ろし、この作業の間に天気の様子を見極め、午後の作業方針を決めようということになる。というわけで駅前に向かいお寿司を食べに行く。

雨風はまるで台風のように激しくなる一方である。昼食後、マンション書庫に移動。雨に濡らさぬよう、素早く本を運び入れて行く。その途中、日下氏が単独で文庫本の山を整理していた時に発見した、さくら文庫「小桜少年探偵団/島田一男」を見せていただく。こんなもんを普通の文庫本の山に紛れ込ませて、放置しておかないでください!買った時の値段を見ると、「芳林文庫」で七千円で購入している…キィィィ、今なら0の桁が一つ違うのでは…。

そして和室の整理が一ヶ月来ない間に目に見えて進んでいた。左の壁際に正面の棚に詰まっていた文庫本がキッチリ移動し、その正面の棚は新書サイズコミックの仕分け場として機能しているのだ。これは素晴らしい進捗ぶりである。「素晴らしい!」と日下氏を讃え、小野氏とともに拍手する。

ところで荷物を運び下ろしても、風雨は一向に収まる気配がない。というわけで本の移動は今日は断念し、残りの時間は本邸書庫の整理をチビチビ進めることにする。棚脇に積み上がった本の山を分類整理後に棚に収めたり、左奥の行き止まり通路を開通させたり(この過程で、ひしゃげたミステリ同人誌「シャレード」の山や、「鬼」「密室」などが見つかる…)するが、実はこの時点で三人は、暑さと湿気のためにだいぶ体力を消耗しており、青色吐息状態。そんなに激しい作業はしていないのに、とにかく暑さを持った湿気に体力を削られているようだ。夏の書庫での作業は、とにかく注意が必要である。

そんな厳しい間にも、本の山の下から都筑道夫の希書「魔海風雲録」元本の本体表紙のみが発見され、小野氏が「これはヒドい。これはなんですか!これはだめです!」と日下氏を厳しく指導。だが私がその離ればなれになった本体のある場所を覚えていたので、一緒にして事無きを得る。

さらに二冊だったはずの博文館文庫「人間豹/ビーストン」が三冊に増殖しているのを発見。それを報告すると日下氏・小野氏共に啞然。まったく、いったいどういう書庫なんだ、ここは。実は本が本を生んでいるんじゃないのか?

さらにさらに雑誌付録の「ゆうれい球団/武田武彦」がダブっているのを報告すると、日下氏が「あ、それは出せません。実は後半に風太郎が入ってるんですよ」「ええっ?」…本当だ。山田風太郎のユーモア探偵小説『青雲寮の秘密』がしれっと収録されている。「というわけで、それは風太郎棚に入れておいてください」「武田武彦のところじゃないんですね?」「風太郎です」…見た目は完全に武田武彦の本なのである…。

そんな風に楽しく確実に疲弊しながら、ちょっと早めの午後五時に作業終了。小野氏はダブり本や供出本の査定に入るが、今回トリプり本が少なく、ということは私に送られる労いの分け前も少ない状態なのである。見兼ねた日下氏が「小山さんになんか出さなきゃな…」と書庫や納戸を探索した挙げ句出て来たのが、春陽堂の探偵双書「三面鏡の恐怖/木々高太郎」「悪霊島/香山滋」であった。「三面鏡」は五冊、「悪霊島」は…ヒィぃ。数えたくもない。でも嬉しい!「「厨子家の悪霊」は四冊しかないのか…これは五冊になったら出しますよ」と日下氏はダブり本を揃えて棚に収めてしまった。なにぃっ!「厨子家の悪霊」、探せばきっと見つかるはずだ!ぜひとも勝ち取っていかねば!と興奮し、書庫の怪しそうなところを見て回る…だが、見つからない…いや、見たような気がするんだけどな、「厨子家の悪霊」もっとたくさんあった気がするんだけどな…。そんな風に焦って探しまわる私を見た小野氏が「多分、というか絶対アパート書庫かマンション書庫にあるはずだよ。絶対あるから大丈夫。それは次回でもいいじゃん」と慰めた瞬間、和室に積み上がった本の山を見ていた目がキラリと光り「あった!」と叫んだ。うわっ、本当だ。五冊目の「厨子家の悪霊」発見!ありがとう、小野さん!「五冊、五冊になりましたよ!」とガッツポーズをとる私を見て、日下氏が笑いながら「約束ですから、出しましょう」と快く一冊渡してくれた。うわぁ〜い。「恐らく今日、日本で一番探偵双書を手に入れた人ですよ」と認定していただく。

外に出ると、すっかり雨は上がり、雲が少し切れ始めていた。車に乗り込み焼肉晩餐へと向かい、いつもより早い午後九時四十五分に東京に無事戻る。
posted by tokusan at 08:57|
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関東
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