背負ったリュックには、『鶴屋』の「本々堂」均一ワゴンから買った「虹男」が入っているのです。そんなことを思いつつ、テクテク歩き続けて行くと、妙に興が乗り始めてしまい、西鉄大牟田線に乗車することなく、午前十時半に天神までたどり着いてしまう…ゼイゼイ。やはり素直に電車に乗ればよかったか…。『警固神社』脇を通過しつつ、北の『親不孝通り』を目指し、トーク時にタレコミのあった『古本を売る立体駐車場』を探す。だが探し方が悪く、どうにもこれが見つからないので、泣く泣く諦め、急ぎ次の目的地を目指す。午前十一時、天神駅から地下鉄貝塚駅経由で、西鉄香椎駅を目指す。車中で「ゆがめられた昨日」を6ページだけ読み進む。黒人探偵、雇用主との距離感に四苦八苦している…事件以外にも、黒人故の境遇で業務でもなかな苦しむ探偵さんなのである。終点前に地下鉄が地上に出て、いつの間にか晴れつつある空から、明るい陽光が飛び込んで来る。乗り換えた西鉄貝塚線は、ヤクルト色に赤いラインの入った二両編成。貨物列車の通る博多臨港線としばし並走したりしながら、午前十時半に西鉄香椎駅着。そう、ここは、松本清張の名作推理小説「点と線」の舞台の一つとなる場所なのである!…あぁぁぁぁ、しまった。物語に沿うならば、本当はJRの香椎駅に行かねばならなかった事件の核となる怪しい二人連れのカップルは、国鉄香椎駅から西鉄香椎駅の方向に歩いて来るんだったぁ〜!思わぬ凡ミスを大いに嘆くが、もはや後の祭りである。仕方ない、ここはまず、事件の発端となる心中場所の海岸を見に行くことにしよう。そう決めて、駅から西へ西へと歩き始める。ところが、焦り過ぎて駅の地図などを確認して来なかったのがまずかった。行けども行けども集合住宅ばかりで、海も見えないし海の匂いもして来ない…これはまずい。こんなことで限りある時間を食っている場合ではないのだ…見知らぬ土地での手違いは、心に過剰なほど焦りを生み出していく…さっさと諦め駅方向に戻り、西鉄駅を通過してJR香椎駅へ…うぎゃぁ、な、なんだ、この巨大な駅は!
もはや小説の面影など何処にもなく、『ずいぶんさびしい』と言われた駅前も、寂しさの欠片も見られない…あぁ、「点と線」の時代は、遠くになりにけり…。二人連れあ歩いたであろう駅からの通りも、ビルに挟まれた二車線の道路になっている。行く手の西鉄線路も、踏切ではなく高架に……砂を噛むように、虚しく香椎駅から西鉄線路に向かい、ゆっくり歩き、ただその距離感だけに小説の面影を追い求める…。
鹿児島本線内で、昼食代わりのパンを齧りながら、博多に戻る。午後十二時二十分、地下鉄で六本松へ向かう。やることはやった。ここからは古本屋さんを目指して突き進むのみ。天神で七隈線に乗り換えようと、長過ぎる理不尽な連絡通路を(一キロくらいあるのではないか)歩いていると、岡崎氏から電話が入る。用事が無事に済んだので、合流できるとのこと。六本松駅で待ち合わせることにする。午後十二時五十分、六本松駅着。まだ氏が到着するまで間がありそうなので、目的店の裏路地にある「徘徊堂 六本松店」(赤坂の旧店については2008/06/29参照)を見に行ってみる。ところがこれが開いていない!うぎゃぁ!これはイカン。急ぎ岡崎氏にメールを送り、お店が閉まっていることを告げ、隣駅・別府(“べっぷ”ではなく“べふ”と読む)にある同じ「徘徊堂」の別府店で待ち合わせることにする。…ぐぅぅぅ、もういい加減古本禁断症状が発症し始めている…。地下鉄には乗らず歩き、別府団地沿いの小さな小さな商店ゾーンにあるお店前に到着する。うぎゃぁ、閉まっている!こりゃぁ、さらにイカンぞ…だが、入口のシャッターがちょっとだけ開いている。これはもうすぐ開くのかもしれない。ここは一旦駅に向かい、岡崎氏を出迎え、再びお店に舞い戻ることにしよう。その時にはもう開いているかもしれない。ということで岡崎氏と駅で落ち合い、氏に事情を説明して、ともにお店を目指す…だが、状況は変わらず、シャッターちょっと開き状態のまま。だが氏が「中にいるかもしれんよ」と、突然大きな身体を開いているシャッター部分に潜り込ませる。そして徐に入口木戸を開けたようで、何やら話し声が聞こえて来る。しばらくすると「いいで、入り」と氏の笑顔。
同じくシャッター潜って中に入り込むと、店主と奥さまとプリティー過ぎる娘さんが、汗をかきかき、息を弾ません、店内溢れる古本の片付けに従事していた。実は岡崎氏と徘徊堂さんは以前からの顔見知り。そして明日に迫ったイベントのために片付けの真っ最中。うぅ、ありがとうございます。きっと一人じゃ、お店に入れませんでした。そして忙しいのに入れてくれてありがとうございます。とその場にいるみなさんに感謝する。店主や奥さまや、あまつさえ小さな娘さんとも話を弾ませるお世話になった岡崎氏をよそに、早速古本を見まくって行くことにする。店内は横長で、右に絵本や児童文学や暮らしが集まり、中央に文庫や新書、そして左に文学・美術・歴史・郷土(夢野久作あり!)・サブカルなどが集められている。ギロギロと飢えた視線を四方に放ち、久々の獲物を追い求める。その合間に、娘さんが蚊が帳場近くにいることを報告したり、奥さまが「音羽館」と「汽水社」の匂いは同じで石鹸と炭を調合した芳香剤らしい(そう言えば、「コンコ堂」も「水中書店」も似た匂いがする。あれを、芳香剤の匂いと思ったことは一度もなかった、ただ古本と本棚の匂いだと思っていた…と、奥さまの斬新な視点に感心する。もしかしたら「音羽館」広瀬氏が、店員さんがお店から独立する際、秘伝として伝えているのかもしれない…)、などの楽しい話が耳に飛び込んで来る。研究社「わたしのなかの童話 随想集」を500円で購入する。すると店主さんが「六本松の方も見てみますか?」と嬉しい申し出をしてくれた。もちろん一も二もなくお願いすると「もう一年は開けてないんですよ。でも、なにもないですよ」と謙遜。だが、古本修羅の常として、未知のお店に対する期待は、そんな謙遜の言葉では揺るがない。お店の自転車を総出で借りることになり、何故か娘さんも「アタシも行くぅ〜!」と同行することになり、都合四台の自転車が、六本松店に向かって疾走することに。まったく、人生は何が起こるか分からないなぁ〜、あぁ楽しい。
ほどなくして十分ほどで、先ほどシャッターに弾かれたばかりのお店に到着する。その憎いシャッターがガラガラと上げられたので、遠慮なく店内に踏み込むと、おぉ、そこは本だらけの空間!
足の踏み場がかろうじて残る、古本に満たされた空間!ここは店舗として入れるのは右側部分の四本ほどの通路で、帳場を境に後は広大なバックヤードとなっているのだが、そのほとんどの通路に古本が積み上がり、入れぬところがほとんどとなっている。現在店舗部分で見られるのは、入口付近と右端の通路二本のみ。だがそこも、かなり険しい状況になっている。まだ見られる棚部分を見て行くと、文庫本・児童文学・ジュブナイルミステリ・映画・サブカル・詩集・文学・ミステリなどなど…別府店よりマニアックドが深く、古書も多いのが嬉しい。しばらく手の届くところを可能な限り検分し、二冊を選ぶ。文藝市場社「ナポリの秘密博物館」(函ナシ)児童憲章の会「学習図鑑 宇宙旅行」を選ぶ。「宇宙旅行」の方は値段が付いていなかったので「お幾らですか?」と聞くと「うぅぅぅ〜〜〜〜〜ん、いいところを選びますねぇ。くぅ〜〜〜」と盛大に悩んだ挙げ句「千円でどうですか」「ではそれで!」と計1500円で購入する。ここは、福岡に来ることがあったら、また来よう。そして開いてなくても、どうにかして開けてもらおう!あぁ、最後の最後で、何だかいい思いが出来ました。ありがとうございました!お店の前で、可愛く小さな手を降る娘さんに見送られながら、駅方面へ。『シアトルコーヒー』でしばらく身体を安め、午後四時過ぎに空港へ向けて出発。賑わう空港では、羽田空港の混雑により出発の遅れた飛行機にようやく乗り込み、午後五時五十分に福岡を離陸する。飛行中も静岡上空で待機させられたりしながら、長くなるフライト時間を有効活用すべく、読書灯を点滅させ「ゆがめられた昨日」を読み続ける。はめられた黒人探偵は、身の証を証明出来るのか…クライマックス直前の午後七時三十五分に羽田着。リムジンバスで帰るという岡崎氏とはここで別れ、ひとり電車を乗り継ぎ阿佐ヶ谷を目指す。もちろん車内では読書の続きを。すると高円寺駅で読了。旅の終わりと物語の終わりがが見事に重なった、カタルシス溢れる瞬間をこの身に味わう。そして、ハヤカワポケミスは、その名の通りポケットにスッと入って、スッと取り出せるから、至極便利な形態だなと感じた、長旅でもあった。下の写真はこの旅の収穫である。


●赤坂「BANDWAGON」
●薬院「幻邑堂」
●熊本「舒文堂河島書店」
●熊本「古書籍 天野屋書店」
●福岡「入江書店」
●福岡「古書痛快洞」
●福岡「古本徘徊堂」